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日本版ホワイトカラー・イグゼンプション [時事ネタ]

日本版ホワイトカラー・イグゼンプション・・・
これってどうなんですかねぇ。 

こんな制度を導入すれば、サービス残業が増えるという意見もあれば、能力の高い人が時間で縛られること無く自由に仕事がしやすくなる・・なんて意見もあるようです。 どっちの言う事も正しいと思うんです。 

能力の高い人にしてみれば、自分と同じ仕事量なのに、仕事が遅く残業をしないと仕事が終わらない人の方が給料が高いというのは、納得がゆかない話だと思います。
それに時間で給料が支払われる仕組みですと、ヘンな話、日中はわざとダラダラしていて残業時間を作る・・なんて事も可能になってしまいます。
時間に関係なく、成果で給与が支払われるとなれば、当然ながら日中ダラダラする人はいなくなると思います。 能力の高い人も、頑張れば頑張った分だけ評価されるようになり、やる気も出てきます。

そういう意味では、すごく良い仕組みの様に思えます。

でも、実際には導入は難しいんじゃないでしょうか。

なぜなら、この制度を導入するならば、会社の新年度が始まる前に会社と翌年度内でやるべき仕事をしっかりと決め、その成果の評価基準を数値で明確にしておく必要があります。 例えば、『高い成果:年俸1000万』『普通の成果:年俸700万』『やや物足りない成果:年俸400万』・・といったアナログな表現で社員と会社が合意してしまうと、年度が終わった時、社員は”自分は高い成果を上げた”と思っていても、会社は”普通の成果だった”と評価する事も考えられます。 

ですので、誰がみてもその年の成果がどのレベルだったか客観的に判断できる数値ベースのメジャーメントが必要だと思われます。 もしそれが無いと、年度末にもめごとになる可能性が大だと思います。 まぁ、本当はこういった考え方は、ホワイトカラー・イグゼンプションが導入されなくても必要なんだと思いますが・・・。 でも、全ての職種でこういった数値指標って可能なんでしょうか? プロ野球のように比較的簡単にそういった数値が見つかる職種もありますが、企業の中には成果をそういった数値で表現し難い職種もあると思うんですよね。

それに、仮に年初にある数値目標で企業と社員が同意していたとしても、途中で同じ部署の同僚が急に辞める事になり、その人の仕事を引き継ぐ事になった・・なんて時どうなるのでしょう。 辞めた人の仕事を引き継いだのだから、その人に払う予定だった分も、仕事を引き継いだ人に上乗せして払うんでしょうか? 少なくとも引き継いだ仕事もちゃんと行っているのなら、そうしなければ論理的におかしくなります。 あるいは逆のケースで、中途採用で新しい人が増えた時の対応方法も疑問です。 中途入社した人に、別の人が担当していた顧客の一部を譲った・・なんて時、給料も同時に減らされてしまうんでしょうか?
現実には、そんな事無理なんじゃないでしょうか? 

それに実際には、年度の途中で急に新しく担当を決めなくてはならない仕事が新たに出てくる、なんて事もしょっちゅうあります。 その仕事を担当する人には、新たに給料を上積みするんでしょうか? もし、上積みされないのならば、誰もその仕事を引き受けないので、会社の業務がマヒしてしまう事も考えられます。 

それに、個人の成果だけが評価される場合、社員の会社全体という視点が薄くなる恐れがあります。 もし、野球の選手が、ヒットやホームランの数や盗塁数などだけで評価されるとしたら、犠牲バントなんてやる人はいなくなると思います。 どんな場合でもヒットを狙いに行きます。 犠牲バントなんてあり得ない。 個人単位で成果を評価される限り、チームで働く・・という意識はどんどん薄れると思います。 野球チームの様に目標が明確で、小さな組織ならチームの利益というものも比較的簡単に理解できますが、組織が複雑かつ大きくなってくると、なかなかチーム全体の利益が見えにくくなってきます。 そうなると、ついつい分かりやすい個人の評価に走りがちです。

例えば、何かを販売する時の事をかんがえてみましょう。
販売する側はできるだけ売り易いように在庫を持ちたがります。 一方、管理部門は在庫が増えれば、それだけ資金負担が増えるので、在庫を極力減らそうとします。 つまり、販売側は売上高などで評価される限り、本来の適正在庫よりも多くの在庫を持とうと会社に働きかけます。 一方管理部門の評価基準が、在庫をどれだけ減らしたか・・という事になれば、適正在庫よりも在庫を減らそうとするはずです。 販売員にも、管理部門の社員にも社長レベルの視点が備わっていない限り、両者の認識する適正在庫量は一致しない筈です。

つまり安易に目標を設定してしまうと、個人の評価が高まる方向に社員が動くことが、会社全体としては良い方向に向かわない事もあるわけです。

それに、経団連は年収400万円以上のホワイトカラーをこの制度の対象にしたい・・と言っているみたいですが、400万で一律って所に何の根拠・意味があるのか疑問です。 比較的給料が高い会社に、大学院卒など高学歴で入社した場合、新人レベルでもその位の年収になる事も考えられます。 はっきり言って、大学院の博士課程を修了して、博士号をもって入社してきても、やはり新人の時は新人です。 全くビジネスの経験が無いのですから、最初は手探り状態です。 上司の指導も無く、いきなりひとりでガンバレと放り出されたら、困ってしまう筈です。 人脈の太さが仕事の成果に大きく影響を与える職種などの場合、最初は上司の人脈を使わせてもらわなければ仕事にならない筈です。 まだまだ上司の指導が必要で、とても一人前とはいえない段階なのに、成果だけで評価されてしまうというのは、ちょっと酷な気がします。 もし、年収をひとつの基準にするなら、給与所得だけでも確定申告が必要な2000万以上なら、まぁ納得できますね。 

ホワイトカラー・イグゼンプションって、いろいろ考えてみると、一見とても合理的な仕組みの様に思えますが、これを無理やり導入すると、職場によっては上手く機能せずに弊害の方が大きくなって、個人も会社も損をする場合が出てくる気がします。

 

個人的には、こういった制度は企業が採用しても良い選択肢の1つにしたら良いと思います。 あくまで現在の時間給の考え方はそのまま残し、会社がこの制度を導入したいと考えたなら、その選択肢を選ぶことも認める・・というものです。 ただし、最終的な選択権は、社員にあります。 つまり会社がこの制度を導入し、社員もそれに同意した場合に限りこの制度の評価を許すというものです。 逆に言えば、例えば上記の新人などの場合には、従来どおり時間給による給与体系を選択する事もできるワケです。 Aさんは時間給だが、隣の席のBさんはホワイトカラー・イグゼンプション制度で頑張っている・・なんて姿が良いと思うのです。

また、この制度をきちんと導入できる企業は、一番最初に書いたように、会社と個人がきちんと業績評価について話し合いがもたれている・・という事が、社会的に認められる事が前提になると思います。 この認定を当事者の社員や会社などが行うことはできないので、第3の認定機関が必要になると思います。 例えば、ISO9000の様な仕組みを利用することも考えられると思います。 つまり人事制度における、品質管理プロセスがある一定レベル以上であると認められた企業のみが、ホワイトカラー・イグゼンプションの導入を許されるというものです。 こうすれば、人事評価制度がきちんと行われていない企業でこの制度が導入され、弊害だけが広がるといった事が防げます。 

本当に実力がある人にとっては、労働時間だけで評価される現在の制度には不満もあると思いますが、この制度が導入されれば、積極的にその制度を利用すれば良いだけなので、そういった人の不満も減らせると思います。 一方、仕事についたばかりで、どれだけの成果を出せるか予想がつかない人は、ホワイトカラー・イグゼンプションが導入されている企業でも、時間給を選択すれば良いワケです。

民間企業って、お役所の様に業務分担がきっちり縦割りで区別できない部分が結構多いと思うんです。 実際私が昔働いていた企業でも、なんで私がこんな事までやっているのか・・と思う仕事が多々ありました。 そういった事を知らないお役人さんが、お役所での経験だけで制度を作って、それを無理やり民間企業に押し付けるとロクな事はないと思います。 制度をいろいろ考え提案するのは良いと思うのですが、最終的な選択権は企業や個人の側(個人が一番強くて良い)にしておかないと、とってもマズイ制度になってしまう気がします。

この制度を導入する前に行うべき事、沢山ありますよね。

 


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